ライター及び創作に於ける   思考と感性の一考察


by tamami
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<   2013年 02月 ( 4 )   > この月の画像一覧

「そこに山があるから」それは「登りたいから登る」
山を登らずにはいられない何かが存在しているから登るのであろう。
山登りについては登山家に譲ることに致します。

「そこにペンがあるから」それは「書きたいから書く」書かずにはいられない何かが存在しております。故に書くのです。

悶々とする日々が続いた時にある美しい風景や画像に出遭いました。
それまでの霧のような暗雲がすーっと去っていきました。

この感覚。この歓び。この時の体感が所謂「美」との遭遇なのです。
同様のことは音楽や絵画や彫刻・陶芸等と芸術作品との出遭いにも感得出来ます。

言葉など要らない。でも、言葉にしたい。どこまで文字で表現出来得るでしょうか。
それを文字に変えたとき、このような場面を彷彿させることが出来るでしょうか。
私はそんな文章を物語を書きたいのです。

これまでに、もちろん文字の媒体にも大きな感動を得ることが出来たことは云うまでもありません。

悩みや苦しみを一時忘れさせ、更に夢と希望と癒しの場面の数々を・・・
恐れや不安を包み込むことが出来たとしたらこの上ない歓びとなるでありましょう。

書く理由と書きたい理由はもちろんこれだけではありません。

日常の繰り返しの中で迷い、傷つき、疲れ暗雲が差し掛かった時の備忘録の一環としてここに認めることに致します。


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by tamami-mokusiroku | 2013-02-25 17:10

「なぜ、あなたはエベレストを目指すのか」と問われて
「そこに山があるから(Because it is there. )」と答えたという逸話は有名ですがこれは、<イギリスの登山家 ジョージ・ハーバート・リー・マロリー(George Herbert Leigh Mallory 、1886年6月18日 - 1924年6月8日?)の名言として知られております。

「そこに山があるから」この言葉の背景に見えてくるものに着目することが出来ます。故に今日まで名言として残っているのでありましょう。(筆者主観)

言葉の背景にあるものを捉えることが出来る内容は大きく、広い海のようであり、
あるいは大きく広い空のように広がっていくのをまざまざと観る事ができます。
言わずもがな・・・人夫々により捉えることの出来る内容は千差万別であると致しましょう。

では、「何故書くのか? 何の為に書くのか?」と自らに問うたときに「書きたいから」なのです。
「書きたいから書く」 では何の為に?・・・

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by tamami-mokusiroku | 2013-02-24 22:44

目標と目的


今月の1日から私は書くことに専念すべく時間を増やすことに致しました。
体調のこともございまして通勤を辞め、自宅で仕事をすることにしたのですが、
まず、これまでの疲労の蓄積の為でしょうか
思いとは裏腹に身体が動きません。さらに気力も低下致しました。
無気力って・・・息を吸うのも面倒・・・こんな感じです。

何があっても健康と気力だけは取り戻さなくてはなりません。
まずはここから始まります。

すでに21日が経ちましたが【俳句】を詠むことだけで終わる一日。
【短歌】はお留守になりがち、【詩・ぽえむ】も然り・・・
【俳句】と【短歌】だけは一日一句・一首を目標にしておりました。
が、体調が悪かったりぼんやりと過ごしたりで何も出来ない日もございました。

ブログに【童話・メルヘン】を掲載しておりましたが、ストップ状態です。
掲示板に【短編】を書いておりましたがこちらもストップ状態です。

創作の仕方あるいは掲載の仕方に疑問を感じ始めたのも大いに手伝ってくれました。

このやりかたで良いのか・・・と

私の場合は全ての創作は即興です。

掌編・短編は原稿用紙に書いてみることに致しましたが放置状態でした。
その後、ストップ状態が続いておりましたが、まだ続くことになりそうです。

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by tamami-mokusiroku | 2013-02-21 18:59
1.多くの離ればなれになっているもの、ばらばらなものが、
一か所に集まることです。
2.人心や大勢が向かうところです。
3.多くの人々の気持ちや考えが一つにまとまることです。

※百川 とは あらゆる川、すべての川が最終的には同じ海に注ぎ込むことです。
  「百川ひゃくせん海うみに帰きす」と訓読します。・・・

では・・・私の内なるものをかき集めて海原へ注ぎましょう。
幾千本の川はどんな川なのでしょうか?
蛇行して膨らんであるいは更に散り散りになっても海という終着点につくまでに
どのように変化して纏まりつくのでしょう・・・

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by tamami-mokusiroku | 2013-02-20 17:52